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丸の内金融が考える不老不死へのサイエンス

Brd2阻害による老化の防止

 マウスの寿命がわずかに伸びたことを示す研究は数多くあります。

 その代表例となっているのが、カロリー制限です。介入によってマウスの食事量が減ると、たとえそのカロリー制限が適度な毒性を持っていたとしても、長生きする傾向があることが分かっています。

 短命種において、カロリー制限によってもたらされる健康と寿命の改善はとても大きなものであることが示されています。こうしたカロリー制限と寿命に関する研究は非常に多くされています。

 しかし、種の本来の寿命が長ければ長いほど、カロリー制限による延命の効果も小さくなることが分かってきており、カロリー制限がマウスの場合と同じようにヒトでも、大きな寿命延長の効果につながるとは期待されていません。

 そうした中で、本日ご紹介するのは、老化研究の分野ではない研究者が偶然発見したものです。てんかんに関連する遺伝子Brd2が、長寿に関連する多くの細胞プロセスに関係していることが判明しました。

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老化は分子や細胞の損傷の累積的な影響によるものと考えられていますが、私たちはてんかんの研究のために開発したBrd2ハプロ不全(Brd2+/-、以下HET)マウスモデルが、野生型(Brd2+/+、以下WT)マウスに比べて寿命が大幅に長いことを偶然に発見しました。ブロモドメイン(BET)タンパク質であるBRD2がてんかんの素因となるメカニズムを追求したところ、あからさまに正常なHETマウスは、野生型マウスに比べて寿命が大幅に長いだけでなく、がんの発生率の低下や腎機能の改善など、健康的な老化表現型を示すことがわかりました。

 

 マウスの長寿に影響を与える遺伝子や分子過程はいくつか知られていましたが、これらの遺伝子の多くは、Brd2の影響を受けていることが分かりました。

 例えば、カロリー制限マウスではIGFシグナルが減少することが知られていましたが、これと同様にBrd2ハプロ不全はIGFシグナルをダウンレギュレーションします。

 また、サーチュイン経路のアップレギュレーションは寿命の延長と関連していますが、Brd2ハプロ不全はサーチュイン経路の遺伝子をアップレギュレーションしていました。具体的には、サーチュイン1(SIRT1)とそのホモログは、DNA修復、ゲノム安定性、炎症、アポトーシス、細胞周期進行、ミトコンドリア呼吸などの長寿に関連するプロセスを制御しています。Brd2の発現が低下すると、酸化ストレスを減少させる機能を持った、p53、Nqo1、Hmox1の発現が増加しました。さらに、p53のアップレギュレーションは、ゲノムの安定性を高め、DNA修復を促進し、寿命を延ばす効果もあります。Brd2のハプロ不全は、長寿に関連する複数の遺伝子や分子過程と関連しているため、Brd2の発現低下は、寿命に影響を与える基本的な(遺伝的な)因子である可能性があります。

 

 細胞レベルだけでなく、個体レベルでの効果も観察されました。Brd2はプロ不全(Brd2+/-)マウスでは、野生型動物(Brd2+/+)と比較して寿命が23%延長し、癌の発生率が43%減少しました。さらに、Brd2ハプロ不全マウスは、同年齢の野生型マウスと比較して、グルーミング(毛繕い)の改善、受胎期間の延長、加齢による腎機能や形態の悪化の抑制などが観察されました。これらのデータは、Brd2のハプロ不全が老化の改善の役割を担っていることを示唆しています。我々は、Brd2が分子や細胞の損傷の蓄積を防ぐことで老化に影響を与えているのではないかと仮説を立てています。BET阻害剤の開発における最近の進歩を考えると、我々の研究は、加齢に関連する疾患を理解し、治療・予防する方法として、BRD2を標的とする薬剤を検討するためのきっかけとなることでしょう。

 

参考文献 

journals.plos.org

 

感想

 最近の老化研究の傾向として、今回のケースのように別分野での研究が、たまたま老化研究につながったというケースが多いかと思います。たしか、カロリー制限と寿命との関係の発見も、最初は別分野の研究の副産物だった気がします。こうした点からも、老化研究の分野はまだまだ未成熟であり、潜在可能性の大きな分野であると言えるでしょう。

 さて、BRD2をはじめとしたBETブロモドメインについては、これを標的とした阻害剤については、抗がん剤として研究されてきましたが、最近ではてんかん治療薬として有用である可能性も出てきました。筆者らもてんかん治療薬としての可能性を研究している途中で、老化との関連を発見したようです。とても面白い研究成果だと思うので、これから引き続き注目していきたいと思います。